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浦和地方裁判所川越支部 平成元年(わ)64号 判決 1990年10月11日

主文

被告人を懲役二〇年に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

押収してあるけん銃一丁(平成元年押第一三号の1)を没収する。

理由

(被告人の身上経歴)

被告人は、昭和二一年五月一八日山梨県<住所略>において、父甲野太郎、母春子の長男として出生したが、四歳の時、母が病で入院し、父において稼働しながら被告人やその妹を養育して行くことができなくなったことから、妹と共に養護施設に預けられ、その後母が死亡し、父が再婚したなどのため、身内に引き取られることなく、そのまま養護施設で成育した。被告人は、養護施設で成育する中で、自己の境遇に自棄的となり、また、同じ施設内の仲間からの影響を受けて、次第に性格が粗暴となり、中学生になってからは、他人と喧嘩をしたり、施設から脱走したりするなどの行動を繰り返し、そのため養護施設を転々とさせられ、中学校は施設内のそれをようやく卒業するといった状態であった。被告人は、昭和三六年ころ窃盗事犯により少年院に入院した後、暴力団M会M一家組員となって暴力団組員としての生活を始め、間もなく、対立中の暴力団員との喧嘩により相手を刃物で刺殺した傷害致死などの罪により、懲役三年以上五年以下の不定期刑に処せられ、少年刑務所で五年間服役し、同四四年ころ、刑務所内で知り合った暴力団員を頼って暴力団S連合会K会K一家T組組員となり、その後は、正業に就くことなく、博打の手伝い、呑屋、債権取立てなどをして収入を得、同五一年ころからは、覚せい剤の密売などにより収入を得ていた。被告人は、右傷害致死などの前科の外に、殺人未遂、傷害、覚せい剤取締法違反等の前科八犯(うち二犯が本件の累犯前科)を有し、養護施設を出てからの生活の大半を刑務所で過ごしてきた。被告人は、昭和五三年三月乙川夏子と婚姻したが、被告人が服役を繰り返していたため、前刑で青森刑務所に服役中の同六二年五月同女と協議離婚した。

被告人は、昭和五四年ころ、博打をする際の眠気防止のために覚せい剤を使用し始めたが、次第にこれを日常においても乱用するようになり、また、一回当たりの使用量も〇・三ないし〇・五グラムと増えて行き、それに伴い、自宅に居て、周りに人の気配を感じたり、戸を叩く音が聞えたりするなどの妄想を抱き、天井裏や室内を調べたり、凶器を携えて室内から外を窺ったりするなどの不自然な行動に出ることが多くなった。

(本件犯行に至る経緯)

被告人は、昭和六二年一二月一七日、残刑期を二〇日余り残して青森刑務所を仮出獄し、事前に身元引受けを頼んでおいた前記乙川夏子の義兄の経営する溶接業の手伝いを始めたものの長続きせず、すぐに無為徒食の生活に陥り、そのうち知人の暴力団員からの誘いもあって、翌六三年一月下旬には前記T組に戻り、同組の総長Tから、「お前はヤクザを辞められない。ヤクザの気性だけは忘れるな。」などと言われて、出所祝金として二〇万円を渡されたこともあって、再び暴力団組織の中で生きて行くことを決意した。

被告人は、昭和六三年三月、交通事故に遇って入院したが、入院中の同年五月ころ、K一家のEことE、YことYが見舞いに来た際、前記T組代行の地位にあるOが、組織の金を自分の懐に入れ、金の力でT総長を押さえ、若衆の面倒は見ない男であるから、この際、Oとは縁を切り、Eが中心となって川越をまとめ、Oを坂戸に追いやる話となり、被告人もこれに同調した上、これに生きがいを感じて、場合によっては被告人自らがOを殺害してでもその目的を果たす覚悟を決め、これを実行に移す時を待ち望んでいた。

被告人は、Oとの縁切り話がこじれた場合に備えて、O殺害用及び護身用としてけん銃を入手しようと考え、前記交通事故の補償金として保険会社から支払われた五〇〇万円を資金として、昭和六三年八月一〇日ころ、青森刑務所に服役中に知り合ったS会S一家のNから、回転式六連発のけん銃一丁(平成元年押第一三号の1)と実包六発を代金七五万円で購入し、更に、同じくNから、同月二〇日ころ、実包二〇発を代金八万円で購入して、縁切り話を仕掛ける時を待っていたが、総長のTが承知しなかったため、これを実行に移すことができず、苛立った気持ちで過ごしていた。

被告人は、昭和六三年九月二七日と二八日の両日、今まで居住していた川越市<住所略>の○○ハイツから本件各犯行当時の住居である同市<住所略>のマンション「××」三〇七号室に引っ越したが、そのころ、S連合会丙会丙組相談役HことHから、覚せい剤六〇グラムを売ってほしい旨頼まれ、同月二九日、前記Nから代金後払いで覚せい剤約六〇グラムを譲り受けた上、これを右Hに代金二一万円で譲り渡したが、その後、右代金をNに渡す際、生きがいにしていたOとの縁切り話が総長の意向により挫折し、暴力団員として焦燥感、挫折感、孤立感を深めていたことや、前記交通事故の後遺症により首の痺れに悩まされていたこと、右引っ越しの疲労が溜まっていたことなどで苛立っていたため、この気持ちを一掃しようと考え、被告人自身が使用する目的で覚せい剤約一〇グラムを右Nから代金四万円で譲り受け、右同日午後九時三〇分ないし一〇時ころ、被告人の自宅である前記××三〇七号室において、覚せい剤約〇・四グラムを水に溶かして自己の左腕に注射したが、その効き目がなかったため、今度は約五グラムを水に溶かして飲み下そうと考えた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  法定の除外事由がないのに、昭和六三年九月二九日午後九時三〇分ないし一〇時ころ、被告人の自宅である前記××三〇七号室において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶粉末約五グラムを水に溶かして飲み下し、もって、覚せい剤を使用した

第二  その後しばらくして、右覚せい剤使用による影響により、自宅の戸を叩く音が聞こえ、Oが被告人の殺害の意図を知り仲間と共に先に被告人を殺害しに来たとの妄想を抱き、この際、被告人に攻撃して来る者を前記けん銃で射殺しようと企て、同けん銃と実包二四発(うち六発は同けん銃に装填ずみ)を携えて戸外に赴き、

一  同月二九日午後一一時三〇分ころ、同市<住所略>付近の前記××駐車場東側出入口付近の道路において、国道一六号線方面から今福方面に向かって進行して来た普通乗用自動車のヘッドライトが被告人に向けてパッシングされたように見えたことから、同車にOやその仲間が乗車し被告人を殺害しようとしているとの妄想を抱き、同車を運転していたX(当時二一歳)に対し、殺意をもって、その進行中の真横約六・九メートルの地点から所携のけん銃を一発発射したが、弾丸が同人に命中しなかったため、その目的を遂げなかった

二  同日午後一一時三五分ころ、同市<住所略>付近道路において、狭山市方面から国道一六号線方面に向かい左折進行して行った普通乗用自動車のヘッドライトがその直前に被告人に向けてパッシングされたことから、同車にOやその仲間が乗車し被告人を殺害しようとしていたとの妄想を抱き、同車を運転していたR(当時一九歳)に対し、殺意をもって、その進行中の後方約八メートルの地点から所携のけん銃を二発発射したが、弾丸が同人に命中しなかったため、その目的を遂げなかった

三  同日午後一一時三八分ころ、同市<住所略>付近道路において、徒歩で帰宅途中のA(当時二六歳)が被告人の横を通り過ぎる際、被告人に何か言葉を発したように感じ、そのためAも被告人を殺害しに来た者かも知れないとの妄想を抱き、Aに対し、殺意をもって、その背後約一七メートルの地点から所携のけん銃を二発発射して、その後頭部に弾丸を命中させたが、同人が付近住民の通報により救急車で病院に収容され手当を受けたため、同人に加療約一か月間を要する頭部貫通射創、左顔面神経麻痺、左聴神経障害の傷害を負わせたに止まり、その目的を遂げなかった

四  同日午後一一時四五分ころ、たまたま、同市<住所略>D(当時四六歳)方前路上を通りかかった際、同人がOと親交があり、また、ゲームセンターを経営しているそのDに以前ポーカーゲームで大敗して多額の金を費やしたことを思い出したことから、同人に対する敵意や恨みが込み上げ、この際、右Dを殺害しようと決意し、「おい、D。」と窓越しに声を掛け、同人方南側窓ガラスに向けて、所携のけん銃を一発威嚇発射し、同人がこれに驚いて北側窓から裏階段を使って裸足で逃げ出すや、必死に逃走する同人を追跡し、同市<住所略>「焼き鳥屋△△」前路上において、逃走する同人の背後約三四・七メートルの地点から、同人に対し、殺意をもって、所携のけん銃を一発発射したが、弾丸が同人に命中しなかったため、その目的を遂げなかった

五  同日午後一一時四五分過ぎころ、同市<住所略>G(当時三八歳)方ベランダ付近において、同人がベランダのガラス戸を開け吠えている飼犬に注意したことに対し、被告人を殺害しようとしているとの妄想を抱き、Gに対し、殺意をもって、その正面約二メートルの至近距離から所携のけん銃を一発発射し、コンクリート壁に当たった跳弾を同人の腹部等に命中させたが、同人に加療約一〇日間を要する腹部挫創、右前腕挫創の傷害を負わせたに止まり、その目的を遂げなかった

六  同日午後一一時五九分ころ、同市<住所略>郵政官舎東側道路において、前記のような被告人のけん銃発砲事件等による一一〇番通報に基づき、犯人の検索及び検挙等の職務に従事していた埼玉県警察本部警ら部自動車警ら隊川越方面隊勤務の巡査V(当時二八歳)の背後約一八ないし二〇メートルの地点から、同巡査に対して、逮捕を免れるため、殺意をもって、所携のけん銃を三発発射して、そのうち一発を同巡査の右後頭部に命中させ、もって、同巡査の前記職務の執行を妨害するとともに、同巡査をして、翌三〇日午前零時三〇分ころ、同市<住所略>医療法人豊仁会三井病院において、銃撃による脳挫滅により死亡させて殺害の目的を遂げた

七  翌三〇日午前零時五分ころ、同市<住所略>株式会社日本ヘキスト社宅一〇二号室Z(当時二九歳)方にその南側ベランダから逃げ込もうとしてそのドアのガラスを割ったところ、同人から「馬鹿野郎」と怒鳴られたため、同人に殺害されるとの妄想を抱き、同所において、同人に対し、殺意をもって、その正面約二・二メートルの至近距離から所携のけん銃を一発発射して、その腹部等に弾丸を命中させたが、同人が付近住民の通報により救急車で病院に収容され手当を受けたため、同人に加療約三か月間を要する腹部銃創、大腸・小腸穿孔、膀胱損傷、左前腕骨粉砕骨折の傷害を負わせたに止まり、その目的を遂げなかった

第三  法定の除外事由がないのに、前記第二の一記載の日時場所において、回転式けん銃一丁(前記押号)及び火薬類であるけん銃実包二四発を所持した

ものであるが、第二及び第三の各犯行当時、覚せい剤中毒後遺症の症状再燃による被害妄想及び一度に多量の覚せい剤を使用したことにより急性中毒に陥り、その影響による精神障害のため、心神耗弱の状態にあったものである。

(証拠の標目)<省略>

(累犯前科)

被告人は、<1>昭和五八年九月七日浦和地方裁判所川越支部で傷害及び覚せい剤取締法違反の各罪により懲役一年二月に処せられ、昭和五九年九月一七日右刑の執行を受け終わり、<2>その後犯した覚せい剤取締法違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反、傷害及び火薬類取締法違反の各罪により昭和六一年二月一七日当裁判所で懲役二年に処せられ、昭和六三年一月二八日右刑の執行を受け終わったものであって、右各事実は前記前科調書によってこれを認める。

(判示第二及び第三の各犯行時における被告人の責任能力)

一  弁護人は、被告人の判示第二及び第三の各犯行(以下「本件犯行」という。)は、その直前に服用した多量の覚せい剤の影響により病的知覚と病的思考に支配されて行われたものであって、当時被告人は心神喪失又は心神耗弱の状態にあったと主張し、これに対し検察官は、被告人には、本件犯行時、急性覚せい剤中毒による要素性幻聴、被害的妄想様観念及びこれらにまつわる錯覚の症状が認められ、また、意識障害が窺われるものの、いずれも軽微であって、是非善悪を弁別し、その弁別に従って行動する能力を著しく欠くには至っていなかったと主張する。

二  被告人の覚せい剤乱用の状況とその影響、被告人の本件犯行時及びその前後の行動状況並びにその認識の有無について

前掲各証拠の外、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  被告人は、昭和五四年ころ、博打をする際の眠気防止のために覚せい剤を使用し始めたが、次第にこれを日常においても乱用するようになり、その間、覚せい剤取締法違反の罪により昭和五五年五月から翌五六年七月まで、また、同罪等により昭和五八年九月から翌五九年九月までそれぞれ服役して覚せい剤使用を中断したものの、いずれも出所後は再び覚せい剤を乱用し、また、一回当たりの使用量も〇・三グラム、〇・四グラム、〇・五グラムと徐々に増えて行った。

被告人は、覚せい剤を使用するようになってから妄想観念にとらわれるようになり、一回当たりの使用量が増えるに従ってその傾向は一層顕著となって行き、右二度目の出所後の昭和五九年九月ころからは、

(1) タクシーに乗った時、警察官に尾行されていると思い込んでタクシーを方々に走らせたり、運転手が警察に無線連絡していると思い込んで運転手を問い詰めたりし、また、電車に乗った時、向かいの座席に座っている者が自分を監視している刑事に見えて、その者を問い詰めたりする

(2) 自宅において、周りに人の気配を感じたり、戸を叩く音が聞えたりするなどの妄想を抱き、天井裏や室内を調べたり、短刀やけん銃を携えて室内から外を窺ったりし、また、誰かが天井裏で自分を見張っているとか、仕掛けた盗聴機をはずせなどと言って自宅の大家に度々怒鳴り込んだりする

などの異常な行動をするようになり、その後、覚せい剤取締法違反等の罪により昭和六一年三月再び服役して覚せい剤使用を中断し、翌六二年一二月に青森刑務所を仮出獄して乙川夏子の義兄の下に身を寄せていた時には、覚せい剤を使用していないにもかかわらず、

(3) 乙川夏子の姉Bに向かって突然「あねさん随分ひどいじゃないかよ。警察とぐるになりやがって。」などと大声で怒鳴ったりした。

2  被告人は、本件犯行当日である昭和六三年九月二九日、<1>その所属する暴力団T組の組代行の地位にあったOに対し強い反感を抱き、同人を殺害してでも同人との縁を切る覚悟を決め、かつ、これに生きがいを感じて、自らそのために使用するけん銃を用意し、その縁切り話を仕掛ける機会を待ち望んでいたところ、総長のTがこれを承知しなかったため、それを実行に移すことができず、暴力団員として焦燥感、挫折感、孤立感を深めていたこと、<2>昭和六三年三月に遇った交通事故の後遺症で首の痺れに悩まされていたこと、<3>本件犯行の前日と前々日に掛けてした引っ越しの疲労が溜まっていたことから、これらの苛立った気持ちを一掃しようとして、たまたまその日に覚せい剤の密売をしたその仕入れ先の暴力団組員Nから被告人自身が使用するために覚せい剤約一〇グラムを譲り受け、その日の午後九時三〇分ないし一〇時ころ、自宅において、覚せい剤約〇・四グラムを水に溶かして自己の左腕に注射したが、その効き目がなかったため、今度は約五グラムを水に溶かして飲み下した。

しばらくして被告人は、胃の痛みを覚えるとともに、目がちかちかし始め、そのうち自宅の戸を叩く音が聞こえたため戸を開けて外に出てみると誰もいなかったが、この時、Oが被告人の殺害の意図を知り仲間と共に先に被告人を殺害しに来たものと思い込み、この際、被告人を攻撃して来る者をけん銃で射殺しようと考え、けん銃と実包二四発(うち六発は同けん銃に装填ずみ)を携えて戸外に赴いたところ、

(1) 同日午後一一時三〇分ころ、自宅のある××の駐車場東側出入口付近において、その前の道路を国道一六号線方面から進行して来た普通乗用自動車のヘッドライトが被告人に向けてパッシングされたように見えたことから、同車にOやその仲間が乗車し被告人を殺害しようとしているとの妄想を抱き、所携のけん銃を空に向けて一発威嚇発射したものの、同車が更に被告人に向かって進行して来たため、罪となるべき事実第二の一記載の犯行に及び、

(2) 同日午後一一時三五分ころ、川越市<住所略>付近道路において、普通乗用自動車を運転して、狭山市方面から国道一六号線方面に向かい左折進行して行った普通乗用自動車のヘッドライトがその直前に被告人に向けてパッシングされたことから、同車にOやその仲間が乗車し被告人を殺害しようとしていたとの妄想を抱き、同第二の二記載の犯行に及び、

(3) その直後ころ、××西側のC方前路上において、同人方二階の窓から被告人を監視している人影を感じ、その窓に向かって所携のけん銃を一発発射し、

(4) 同日午後一一時三八分ころ、同市<住所略>付近道路において、徒歩で帰宅途中のAが被告人の横を通り過ぎる際、被告人に何か言葉を発したように感じ、そのためAも被告人を殺害しに来た者かも知れないとの妄想を抱き、罪となるべき事実第二の三記載の犯行に及び、

(5) 同日午後一一時四〇分ころ、同市<住所略>コーポ○○○一〇五号室F方庭先において、同人方居室内を見ていたところ、同人が「どなた様ですか。」と丁寧に尋ねたのに対し、「何でこんな時間まで起きているんだ。」と怒鳴って、所携のけん銃をしばらく同人に向けたが、発射せずにそのまま同所を立ち去り、

(6) その直後ころ、同市<住所略>W方庭先を通り掛かったところ、同人方で飼われている犬が突然吠え出したことから、その場で、その犬に対し所携のけん銃を一発発射して、その犬を射殺し、

(7) 同日午後一一時四五分ころ、たまたま、同市<住所略>D方前路上を通りかかった際、同人がOと親交があり、また、ゲームセンターを経営しているそのDに以前ポーカーゲームで大敗して多額の金を費やしたことを思い出したことから、同人に対する敵意や恨みが込み上げ、この際、右Dを殺害しようと決意し、罪となるべき事実第二の四記載の犯行に及び、

(8) 更にDを追跡していたところ、途中でI、Jの二人の女子高校生に会い、同女らが危害に巻き込まれることを気遣って、「危ないから早く帰れ。」と怒鳴って注意し、

(9) 同日午後一一時四五分過ぎころ、同市<住所略>G方ベランダ付近を通り掛かり、同所において、同人がベランダのガラス戸を開け吠えている飼犬に注意したことに対し、被告人を殺害しようとしているとの妄想を抱き、Gに対し、罪となるべき事実第二の五記載の犯行に及び、

(10) そのころ、付近にパトカーのサイレンが聞こえていたため、警察官がけん銃を乱射している被告人を発見逮捕しようとしていることを知り、追い詰められて逃走するうち、同市<住所略>郵政官舎東側道路に至ったが、そこに赤色燈を点滅させたパトカーが停車しており、そのパトカーの後部付近で巡査Vが巡査部長Lと共に飛弾に備えて防弾ヘルメット、防弾チョッキを装着しているのを発見し、同日午後一一時五九分ころ、同所において、同第二の六記載の犯行に及び、

(11) 更に逃走するうち、同市<住所略>株式会社日本ヘキスト社宅一〇二号室Z方の南側ベランダ付近に至り、その南側ベランダから同人方に逃げ込もうとしてそのドアのガラスを割ったところ、同人から「馬鹿野郎」と怒鳴られたため、同人に殺害されるとの妄想を抱き、翌三〇日午前零時五分ころ、同所において、同人に対し、同第二の六記載の犯行に及び、

(12) 更に逃走を続け、同日午前零時一〇分ころ、同市<住所略>東京シート株式会社川越寮に逃げ込もうとしてその玄関のガラスドアを叩き割ったが、その中に逃げ込まずに同所を立ち去り、更に、同日午前零時三五分ころ、同市<住所略>P方サンルームに逃げ込んだが、家人に発見されて同所を逃げ出し、その後、付近の家影に身をひそめていたが、警察官に追い詰められて人家の屋根によじ登って逃走を企てたものの、同市<住所略>Q方庭先に転落し、頭頂部に後に一〇針縫う負傷により出血した状態で発見され、もはや逃走できないものと観念するとともに、重大な結果を引き起こしたことに思い及び、同所において、所携のけん銃を用いて自殺しようとして、その銃口を被告人の口内に入れて引き金を引いたが、弾丸を打ち尽くしていたため弾丸が発射せずに自殺をすることができず、その直後の同日午前一時一二分、同所において、数名の警察官に組み伏せられて銃砲刀剣類所持等取締法違反の現行犯人として逮捕されたが、その際被告人が「殺せ。殺せ。」と叫びながら暴れ続けたため、その両手のみならず、その両足にも手錠を掛けられ、更に自殺防止のため被告人のズホンのベルトを抜き取られてその口に猿ぐつわを噛ませられ、そのままの状態で付近に停車中のパトカーまで運ばれて、同日午前一時二七分川越警察署に引致されたが、引致中のパトカー内で「おやじに言うな。」とか「Oをぶっ殺す。」などの言葉を発し、

(13) 同日午前一時三一分ころから、川越警察署の取調室において、以前被告人を取り調べて被告人と面識のあった司法警察員稲葉恵一の取調べを受け、同司法警察員の問い掛け等に対し、興奮した状態で、「稲葉さんでしょ。わかります。」、「俺を殺してくれ。あのチャカ(けん銃)で殺してくれ。俺は死ぬつもりで一発残したんだから、頼む俺を殺してくれ。」、「俺は代行のOをやるためにチャカを持っていたんだ。」、「俺は今日捕まる少し前にシャブを一〇グラム飲んだんだよ。」、「頼む、俺に生き恥をかかせないでくれ。あのチャカでこの俺を殺してくれ。」、「代行のOを川越祭の時に殺すつもりだ。」、「チャカは他にもある。俺を生かしておくと稲葉さん大変だよ。」などと言い、更に「俺を殺してくれ。」と繰り返した後、突然右司法警察員に対し、「俺はおまわりをやっちゃったのか。」と言い出し、その後再び「俺を殺してくれ。」と繰り返し言うなどし、このようにして約一時間が経過した同日午前二時三〇分過ぎ、右司法警察員に水を要求したものの、「この中に毒が入っている。」と言って、差し出された水を三度にわたって取調室に撒き散らし、ようやく水を飲んだところ、「体がしびれる。しびれ薬を入れたな。きたねえことするな。この野郎。」と怒鳴り散らし、同日午前三時ころから、体を震わせる異常症状が窺われ始めたことから、同日午前六時過ぎ、救急車で埼玉医科大学総合医療センターに収容され、

(14) 同センターに収容された前後ころ、心臓及び呼吸が停止したため(急性心肺不全と診断)、直ちに、人工呼吸や心マッサージ等の心肺蘇生の措置を施されて一命を取り止めた外、本件覚せい剤による薬物中毒、意識障害(意識不明)、打撲による右肺の気胸、四肢及び頭部の擦過傷及び打撲傷の各症状の診断を受けて、二週間入院して治療を受けた。

3  被告人は、右2のうち、本件犯行直後の(12)までの各事実を、その先後関係を除いて、個々的には、概ね記憶しており、その各行動自体も、その当時の被告人の心理状況(被害妄想や逮捕の危機等)に照らして、特に不合理で了解不能であったとは認められないことから、被告人には、本件犯行時、その行為の認識自体はこれを有していたものと考えられる。

三  医師西山詮の鑑定(同人作成の鑑定書及び同人に対する受命裁判官の尋問調書)とその鑑定に対する医師佐々木由起子の意見(同人作成の意見書と題する書面及び同人の当公判廷における供述)について

1  医師西山詮の鑑定内容の要旨

被告人は、本件犯行時、覚せい剤依存症の上に生じた(覚せい剤使用による)急性中毒性精神病様状態(精神病様状態とは、一見精神病のようではあるが、その行動が本人の平生の人格から了解できる状態をいう。)にあり、その内容は、自宅の戸を叩く音が聞こえるという幻覚と「皆が嫌がらせをしいてる。生命を取りに来た。」という妄想を中心とするものであるところ、右幻覚は一回性の単純な幻聴(要素性幻聴)にすぎず、また、右妄想も、被告人の当時の生活状況(近所の嫌われ者、T組での孤立傾向、陰謀参画等)や衝動的で自己顕示性が強く、孤立的な反面他人の評価に敏感であるという人格傾向から、容易に了解できる妄想様観念(二次妄想)にすぎないのであって、いずれも病的症状に乏しい。また、被告人は、現在、本件犯行時の状況につき比較的広汎な健忘を訴えているが、<1>被告人の本件犯行時の行動は、被告人に向かって来る人、吠える犬、叱る人、怒鳴る人、近づいて来た制服警察官に対しては発砲し、おとなしい女子高校生には優しい配慮を示し、動かずに立っていた人には発砲しなかったなど、一貫して合目的であること、<2>被告人が逮捕直前に自殺を試みたことや逮捕後に稲葉司法警察員に話した内容をみると、被告人は本件犯行時には正しい現実認識を有していたとみられることに照らせば、被告人が本件犯行時に意識障害に陥っていたとはいえず、仮に、意識障害に陥っていたとしてもごく軽微であったと考えられる。そこで、本件犯行時の被告人の責任能力について意見を述べると、被告人は、当時、事物の理非善悪を弁識し、かつ、この弁識に従って行動する能力がかなりの程度減弱していたものの、いまだ著しく減退していたとはいえない。

2  西山詮の右鑑定内容に対する医師佐々木由起子の意見の要旨

右鑑定は、被告人の幻覚妄想の内容が軽微ないし了解可能であって病的症状に乏しい、被告人の行動は一貫して合目的であり、逮捕前後の現実認識状況に照らしても意識障害はあっても軽微であるとしているが、<1>被告人は、本件犯行時、多量の覚せい剤使用による影響で、幻聴と妄想的知覚に基づいた被害妄想的思考に支配されて行動していたとみられること、<2>その行動内容は、一見すると、一貫性、合目的性があるようであるが、Dに対する発砲のように一貫性に欠ける行動がみられるし、また、殺害されるとの心理状態にありながら、物陰に隠れたり逃走したりしようとはせず、付近を徘徊して敵であると感じた対象に対しそれが敵であるか否かを選別することもなく短絡的に発砲するなどは必ずしも合目的な行動とはいえないこと、<3>被告人が、本件犯行時ほぼ致死量の覚せい剤を服用し、そのため本件犯行中に受傷した頭頂部の重傷に気付かない程身体的苦痛が著しかったことが窺われるのに、この点の検討をせずに、被告人には本件犯行当時現実認識があったとするのは問題であることからみて、被告人の幻覚妄想は病的症状に乏しかった、意識障害はあっても軽微であったとの右鑑定結果は疑問である。

四  当裁判所の判断

一般に、覚せい剤中毒による精神障害においては、病的体験が全人格を支配する精神分裂病などとは異なり、妄想のような病的体験があっても、なお意思・判断の自由が残され、事態に応じて行動する能力をある程度保持していることが多いとされるところ、殺害されるとの妄想に対抗する攻撃、知人に対する恨みや敵意からの攻撃及び警察官に対し逮捕を免れるための攻撃の三つに分けられる被告人の本件各犯行はいずれも目的的であって、医師西山詮作成の鑑定書にあるとおり被告人の当時の生活状況やその人格傾向から了解可能なものであり、また被告人は当時その行為の意味内容を認識していたと認められること、被告人は、本件犯行時、おとなしい女子高校生や動かずに立っていた人には発砲しなかったなどの被告人なりの敵味方の分別が認められ、また、逮捕直前には、重大な結果を引き起こしたことに思い及び自殺を図っていることなどの事実に照らせば、被告人は、本件犯行時、被害妄想により全人格を支配されていたとはいえず、なお意思・判断の自由が残され、事態に応じて行動する能力をある程度保持していたものと認められ、したがって、是非善悪を弁別する能力及びその弁別に従って行動する能力をいまだ欠くには至っていなかったと認められる。

しかしながら、医師佐々木由起子作成の意見書と題する書面や同人の当公判廷における供述の中で指摘されるとおり、被告人は本件犯行の直前に覚せい剤約〇・四グラムを注射し更に約五グラムを飲んで使用していた事実や被告人が埼玉医科大学総合医療センターに収容された前後ころ急性心肺不全及び意識障害により危篤の状態に陥ったが、これが右覚せい剤使用により生じた疑いがあり、本件犯行時もこのような危篤状態に陥るような身体的状況下にあった疑いもあることの外、本件犯行時の具体的行為態様、被告人の覚せい剤使用歴やその間の幻覚妄想体験等に鑑みれば、被害妄想等の症状が病的症状に乏しいとか意識障害が軽微であったと認めることには疑問が残り、むしろ、覚せい剤中毒後遺症の症状再燃による被害妄想及び一度に多量の覚せい剤を使用したことにより急性中毒に陥り、そのため是非善悪を弁別する能力及びその弁別に従って行動する能力が著しく減弱した状態、すなわち心神耗弱の状態にあったものと認めるのが相当である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条に、判示第二の一ないし五及び七の各所為はいずれも刑法二〇三条、一九九条に、判示第二の六の所為のうち、公務執行妨害の点は同法九五条一項に、殺人の点は同法一九九条に、判示第三の所為のうち、けん銃所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、実包所持の点は火薬類取締法五九条二号、二一条にそれぞれ該当するが、判示第二の六及び第三はいずれも一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、いずれも刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として判示第二の六については重い殺人罪の刑で、判示第三については重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の刑でそれぞれ処断することとし、各所定刑中判示第二の一ないし五及び七の各罪について有期懲役刑を、判示第二の六の罪について無期懲役刑を、判示第三の罪について懲役刑をそれぞれ選択し、被告人には前記の各前科があるので刑法五九条、五六条一項、五七条により判示第一、第二の一ないし五及び七並びに第三の各罪の刑について三犯の加重をし(ただし、判示第二の一ないし五及び七の各罪については同法一四条の制限内で)、判示第二及び第三の各罪はいずれも心神耗弱者の行為であるから、判示第二の一ないし五及び七並びに第三の各罪については同法三九条二項、六八条三号により、判示第二の六の罪については同法三九条二項、六八条二号によりそれぞれ法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の六の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二〇年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入し、押収してあるけん銃一丁(平成元年押第一三号の1)は判示第二の各犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、一度に多量の覚せい剤を服用し、その影響で被害妄想に陥った被告人が、実包六発が装填されたけん銃と実包一八発を携えて戸外に赴き、自己に攻撃するように見えた者、かねて敵意や恨みを抱いていた者、被告人を検挙しようとして現場付近に赴いた警察官に対し、次々とけん銃を発射し、うち三名に重軽傷を負わせ、警察官一名を殺害した事案であって、右一連の凶行は、深夜の静かな住宅街を深刻な不安に陥れ、ことに治安の維持にあたる警察官が射殺されるに及んで大きな衝撃を引き起こし、社会にも多大な影響を及ぼした重大犯罪である。

判示第二及び第三の各犯行は、覚せい剤中毒後遺症の症状再燃による被害妄想及びその犯行直前に多量の覚せい剤を服用したことにより急性中毒に陥り、その影響による精神障害のため心神耗弱の状態においてされたものであるが、被告人自身従前より覚せい剤使用による幻覚妄想を体験してその影響を知悉していたこと、被告人が右犯行直前に覚せい剤を使用したのは、その所属する暴力団組織の中で強い反感を抱いていた組代行のOに対する縁切りないし殺害の計画の挫折とこれによる焦燥等のためであり、そして、その殺害計画が本件妄想と結び付いて、右Oの殺害等のために用意しておいたけん銃を持ち出し、右各犯行のような無差別な発砲行為に及んだこと等に照らせば、被告人が精神障害のため心神耗弱の状態にあったことは何ら酌むべき事情となるものではない。

判示第二の各犯行の動機、態様及び結果等について概観すると、

1  Xに対する殺人未遂は、たまたま車で通り掛かったにすぎない同人に対し、そのヘッドライトがパッシングされたように見えたことから、同車にOやその仲間が乗車し被告人を殺害しようとしているとの妄想を抱き、走行中の同車の真横約六・九メートルの地点から、同車運転席にいた右Xに対しけん銃を発射したものであって、幸い弾丸が運転席ドアに当たったため大事には至らなかったものの、飛弾があと数一〇センチメートルずれていたなら同人に命中していたものと認められ、また、同車には同人の友人一名も乗車していたことからその友人にも被弾の危険があったものである。

2  Rに対する殺人未遂も、同人がたまたま車で通り掛かった際、被告人に注意を促すためにヘッドライトをパッシングさせたことに対し、同車にOらが乗車し被告人を殺害しようとしたとの妄想を抱き、走行中の同車の後方約八メートルの地点からけん銃を発射したものであって、その飛弾が同車の後部座席ドアに当たったため大事には至らなかったものの、同車には同人の友人二名も乗車していたことから、その友人、殊に後部座席にいた友人にも被弾の危険があったものである。

3  Aに対する殺人未遂は、同人が徒歩で帰宅途中にたまたまの被告人の横を通り過ぎたことに対し、同人が何か言葉を発したように感じ、そのためAも被告人を殺害しに来た者かも知れないとの妄想を抱き、その背後約一七メートルの地点からけん銃を発射し、その弾丸をAの後頭部に命中させ、同人に加療約一か月間を要する頭部貫通射創等の重傷を負わせたものであるが、その後Aが付近の人家に駆け込むなどして助けを求め、救急車で病院に収容されて手当を受けたことから一命を取り止めることができたものの、飛弾があと数センチメートルずれて急所に命中していたなら、助けを求める間もなく絶命していたものと認められる。

4  Dに対する殺人未遂は、たまたま、同人方前路上を通りかかった際、同人がOと親交があり、また、ゲームセンターを経営しているそのDに以前ポーカーゲームで大敗して多額の金を費やしたことを思い出したことから、同人に対する敵意や恨みが込み上げ、同人を殺害しようと決意し、同人に対し窓越しに声を掛け、同人方南側窓ガラスに向けてけん銃を発射し、同人がこれに驚いて必死に逃走するや、同人を追跡し、焼き鳥屋の前の路上において、逃走する同人の背後約三四・七メートルの地点からけん銃を発射したものであって、その弾丸が逸れて同人に命中しなかったものの、同所にはその焼き鳥屋の客などが居合わせていたことから、その客らにも被弾の危険があったものである。

5  Gに対する殺人未遂は、たまたま同人方ベランダ付近を通り掛かった際、同人がベランダのガラス戸を開け吠えている飼犬に注意したことに対し、被告人を殺害しようとしているとの妄想を抱き、Gに対し、その正面約二メートルの至近距離から所携のけん銃を発射し、コンクリート壁に当たった跳弾を同人の腹部等に命中させ、同人に加療約一〇日間を要する腹部挫創等の傷害を負わせたものであるが、被弾したのがコンクリート壁に当たった跳弾であったため大事には至らなかったが、弾丸がGに直接当たっていたならば重大な結果が生じたであろうことは、優に想像されるところである。

6  警察官Vに対する公務執行妨害及び殺人は、同人が被告人のけん銃発砲事件等による一一〇番通報に基づき、巡査部長Lと共に、犯人の検索及び検挙等の職務に従事中、パトカーを停め飛弾に備えて防弾ヘルメット、防弾チョッキを装着していたところを、逮捕を免れるため、その背後約一八ないし二〇メートルの地点からけん銃三発を乱射し、その一発をVの右後頭部に命中させ、同人の職務の執行を妨害するとともに、同人を銃撃による脳挫滅により死亡させたものであるが、その付近にいたLにも当然被弾の危険があったものである。

Vは、昭和五六年四月埼玉県警察の警察官となり、本件当時埼玉県警察本部警ら部自動車警ら隊川越方面隊に勤務し、勤務態度は良好で、上司や同僚からの人望も厚く、将来を嘱望されていたものであり、また、昭和六〇年一二月妻成美と結婚し、同女の両親(養父母)や幼い二人の子供らと幸福な生活を送っていたものであって、将来にわたり、警察官として市民生活の安全と社会正義の実現のため職務に精励し、家庭にあっては妻や子供らと共にますます幸福な家庭を築き上げて行くことを夢見ていたのに、本件当日、被告人の凶弾に何ら抵抗もできないまま、二八歳の若い尊貴な命を奪い去られ、その夢を散らされたものであって、非業の死を遂げたVの無念さはもとより、一家の支柱を失った同人の妻子らの悲嘆や憤りの念は察するに余りあり、その悲嘆や憤りの念は未だ癒えることはない。

7  Zに対する殺人未遂は、同人方の南側ベランダから同人方に逃げ込もうとしてそのドアのガラスを割ったところ、同人から「馬鹿野郎」と怒鳴られたため、同人に殺害されるとの妄想を抱き、同人に対し、その正面約二・二メートルの至近距離から所携のけん銃を発射し、その弾丸を同人の腹部等に命中させ、同人に加療約三か月間を要する腹部銃創等の重傷を負わせたものであるが、その弾丸が急所を外れていたことや、付近住民の通報により救急車で病院に収容され手当を受けたことから一命を取り止めることができたものであって、また、Zが被弾した地点の先にはその妻がおり、同女にも被弾の危険があったものである。

右のとおり、判示第二の犯行は、何ら落ち度のない一般市民や警察官に対し次々とけん銃を乱射し、うち三名に重軽傷を負わせ、警察官一名を殺害した、極めて凶悪かつ危険な犯行であり、また、その動機ないし目的も、被害妄想ないし精神障害の状態にあったにせよ、非人道的反社会的であって酌量の余地は全くなく、被害者ないし遺族が被告人に対し厳罰を望んでいることも併せ考えると、被告人の刑事責任は極めて重大であるといわなければならない。

また、判示第一の覚せい剤使用については、従前から覚せい剤に親和し、幻覚妄想体験もあり、しかも本件前に覚せい剤使用とその影響によりされた傷害、銃砲刀剣類所持等取締法違反等の罪により処罰されていながら、服役していた青森刑務所を出所した後の約九か月後に再び、一度に約五グラムもの多量の覚せい剤を使用したものである上、それが判示第二の各犯行に至る原因をなしたものであって、また、判示第三のけん銃等の所持については、同けん銃が殺傷能力に優れる真正けん銃であり、これを入手したのはOを殺害する等のためであって、判示第一の覚せい剤使用によりそのOらに殺害されるとの妄想等を抱いて、判示第二の各犯行の用に供されたもので、また、所持していたけん銃実包二四発もその犯行中に全部発砲されていることから、これらの各犯行も、判示第二の各犯行と密接に関連する犯情悪質なものであって、併せて、重い責任を負わなければならない。

以上のような犯罪の情状に加え、本件犯行に至る経緯や本件犯行自体から窺われる被告人の自己中心的で粗暴な反社会的性格、少年のころから暴力団組員となって、正業に就かずに自堕落な生活を続け、また、傷害致死、殺人未遂、傷害、覚せい剤取締法違反等の罪により服役を繰り返していた生活態度や経歴などを考慮すると、被告人の不遇な生い立ちや、被告人が拘置所から、被害者Aに対しては四〇万円、同Gに対しては一〇万円、同Zに対しては五〇万円をそれぞれ謝罪の手紙と共に送り、被害者Vの遺族に対しては受領されなかったものの一〇〇万円を送ろうとしたことなど、被告人なりに各被害者に対し謝罪の意を表していること、本件犯行を悔悟し、日々Vの冥福を祈っていることなどの事情を被告人のためにできるだけ斟酌しても、被告人の責任はあまりにも重大であって、犯行当時の精神状態が心神耗弱の域に達していなかったならば、無期懲役を相当とするところである。しかしながら、被告人は、前記認定のとおり、判示第二及び第三の各犯行当時心神耗弱の状態にあったので、法律上の減軽を必要とするから、前記のとおり法令を適用した上、被告人を懲役二〇年に処するのが相当であると思料した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村重慶一 裁判官 金野俊男 裁判官 飯塚圭一)

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